2.非常事態令非常事態令は、戒厳令より少しマイルドなものです。
戒厳令は軍に統治権が移りますが非常事態令はそこまでは行きません。
典型的なのは2006年にタクシン首相が非常事態令を発令したすぐ後、軍がクーデターを起こし戒厳令を敷きました。
非常事態令の詳しい内容については
「非常事態勅令」の法制化というテキストがあるのでそちらを参照。
今適用されている非常事態令は2005年非常事態令と呼ばれるもので、まさに深南部の状況に対応するためにタクシン政権時代の2005年7月に制定されたものです。戒厳令と違うのは3ヶ月の時限立法であること。このため延長には3ヶ月毎に内閣での承認が必要です。
南部対応で作られた非常事態令ですが、2008年9月に当時のサマック首相(黄シャツによる首相府占拠)、2010年4月に当時のアビシット首相(赤服によるデモ)によってバンコクでも発令されています。
深南部では現在3県の32郡(パッタニーのメーラーン郡を除く)で非常事態令が発令されています。つまり戒厳令とわずか一郡を除き適用範囲が同じなのです。非常事態令では、戒厳令と違って軍は単独での容疑者逮捕はできません。必ず警察の同行が必要となります。また、軍人による人権侵害があった場合、容疑者は軍法廷ではなく一般の裁判所で裁かれます。
それでは、なぜ戒厳令の他に非常事態令を深南部に適用する必要があるのでしょうか。それは非常事態令では、容疑者を拘束した後に30日間の拘束が認められるということにつきると思います。
タイでは、通常の場合犯罪の容疑者は2日間の取調べの後、裁判所へ送られ起訴されます。当然ながら裁判所へ送られた後は警察は取り調べはできません。そして、多くの場合は保釈金と引き換えに保釈が認められます。
戒厳令では無条件の取調べ期間を7日間としています。そして非常事態令はそれにさらに30日間の取調べ期間の猶予を与えるのです。裁判所の許可が不要な7日間の拘留期間中に、警察が裁判所の許可を申請すればさらに30日間の拘留延長が認められます。合計37日間の拘束が可能となることは捜査側にとって非常に有利です。
この期間中、治安当局は容疑者からさまざまな情報を得ます。
文化や言葉が違う地域で情報収集が難航するこの地域では、この長期間の取り調べが非常に重要なのです。容疑者は通常イスラムですから、政府当局者に簡単に情報をしゃべりません。この期間中、取調べ側は懐柔を含むさまざまな手段で口を開かせようとします。
イスラム宗教教師を呼んで説得するというのもその一つです。今ニュースをにぎわせているのは、3県の非常事態令の解除のかわりに国内治安法を適用するというものです。捜査側に有利な非常事態令が解除されると情報収集が難しくなりますが、国内治安法を適用することは別のメリットもあります。(続く)